~ 福神祭のご案内 ~

 

〇祭  典  2月16日(旧正月元旦) 午前1時
〇おこもり  2月15日(旧暦大晦日) 午後4時30分より受付
〇福  授  け  祭典後に抽籤
〇おこもり特別祈願  おこもり中随時

 

旧正月元旦を迎えるに際し、〝福神〟の大国主大神さまからトシダマの〝福縁〟をお結びいただきます「福神祭」を、本年は2月16日(旧正月元旦)午前1時より神楽殿にてお仕えいたします。
このお祭りは、お参りの方々が旧正月元旦前日の大晦日より祭場の神楽殿大広間に〝おこもり〟をして、旧暦元旦を大国主大神さまの御許で迎えるのが慣わしです。古来、大晦日から元旦への年越しには、人々は家や社に〝おこもり〟をして新しい年の幸せを祈りました。大国主大神さまの清新な神気が活き活きとみちる神楽殿内におこもりすることにより、有り難い〝福徳〟の御蔭をいただいて〝福縁〟を授かります。

 

 

 

旧暦元旦前日の大晦日(本年は2月15日)の夕刻より神楽殿には次々と参拝者がおこもりをされ、翌旧暦元旦午前1時よりの「福神祭」では新玉の年にヨミガエリの〝福徳〟の御力をいただき、一層のご加護が祈念されます。
そして、「福神祭」が執り納められるや否や、神楽殿内では〝おこもり〟の方々による「紙垂(しで)取り」がはじまり、神楽殿内に張り巡らされた注連縄の紙垂を〝招福円満〟のミシルシにと競ってもらい受けます。この紙垂を竹の先につけて田畑に立て五穀豊穣のお守り、神棚にお祀りして家内安全、商売繁盛などのお守りとして〝福縁〟を祈ります。
続いて、「純金福神御像」などが当籤する「福授け抽籤」が行われ、神楽殿内は興奮と熱気に包まれます。なお、それぞれの当籤には様々の副賞品が添えられます。
他方、神楽殿内では新年のお願い事をお執り次ぎする御祈願が年越しの夜を徹してお仕えされます。神楽殿内の受付にてお申込戴きますと、随時、お仕えいたします。

 

 

 

「福神祭」が斎行される午前1時は「子(ね)の刻」であることから、このおこもりは「子(ね)ごもり」とも言われます。「子」とは十二支のはじまりであり、種子が新しい生命を宿して芽吹きはじめることを意味します。このように物事のはじめであり、生きとし生けるものの生命のはじまりである芽出度い縁起の子の刻(午前1時)に、1年間の〝福縁〟の活き活きとした芽吹きが御祈願されます。

古くより民間では、十二支のはじまりのはじまりである「甲子(きのえね)」の日に集い、大国主大神さまをおまつりしておこもりし、五穀豊穣・商売繁盛などを祈る暮らしをいとなんできました。「福神祭」は、こうした甲子信仰の伝統の祈り継ぎにより、年始めに大国主大神さまの御蔭に結ばれる祭典として明治45年からお仕えされています。

明治45年は「壬子(みずのえね)」の年で、ことに旧暦元旦が「甲子(きのえね)」の日にあたることから、同日の「子の刻」である午前1時に「甲子臨時大祭」として斎行されたのが「福神祭」のはじまりです。以来、今年で107回目を迎えます。

新玉の年始めに〝はじまりの心〟へと立ちかえり、縁起のはじまりの子の刻に大国主大神さまの〝福縁〟に結ばれる旧正月元旦の「福神祭」に、皆様お揃いでの〝おこもり〟をお待ち申し上げます。

 

 



■旧暦=「太陰暦」-伝統の、暮らしの道しるべ

 

わが国は明治維新の後の明治5年12月3日、この日を6年1月1日とするいわゆる「旧暦」から「新暦」へと、それまでの暦日の公約営みの基準を変更-改暦をしました。それは、開国により近代国家として舵をきり始めたわが国の政治選択であり、西欧世界との関係上に西欧採用の太陽暦に合わせるものでした。しかしわが国では、それまでの永い間、暮らしのリズムは「旧暦」、すなわち、「月」の満ち欠けを主体とする「太陰太陽暦」(太陽暦は閏月調整に活用)でした。日本人の営みには、今も旧暦に因む生活・行事が営み継がれています。
この「月」の満ち欠けを主体とする暦は、暮らしの基幹をなした生業-とくに農事にはまったく合うもので、今でも農事には旧暦が紐解かれます。つまり、生きとしいけるイノチにとっては「月」の満ち欠け-旧暦による時、季節の移り変わりのリズムが合うのです。本当の季節感は、旧暦にこそあります。このことは、お盆などの「月遅れ」行事とか、新暦により季節外れの長雨とか日照りとか異常気象と言われるものが旧暦を照合してみれば当たり前の気象だと納得されることがしばしばあることでもよく知られます。
また、こうした「月」の満ち欠けを主体とする暮らしからは、幽玄霊妙なる「月」と結ばれた様々な文化も育まれ、日本の心、日本の風土、日本人の生活様式を生み成してきました。
むしろ、旧暦と呼ばれる「太陰太陽暦」は、日本人の暮らしの心、風情・風土によく合ったものです。日本人のイノチが共鳴する旧暦は、日本人として「忘れ物」にしてはならない祖先から戴いた、子孫の幸せのための大切な「宝物」です。