謹賀新年 新春初詣のご案内

    皇紀2680年 令和2年 庚子年

 

新年明けましておめでとうございます。皇紀2680年・令和2年の新玉の年を迎え、御皇室の弥栄と国家国民の隆昌をご祈念申し上げます。 だいこくさまの大きなお蔭をいただかれまして、皆様方には恙無く新春をお迎えのことと、謹んでお慶び申し上げます。 出雲大社は本年も大勢の方々が初詣に訪れ、境内は新年の喜びと祈りに包まれて大いに賑わっています。 元旦の午前零時、笛と太鼓が奏でる音色も清らかに新年をお迎えし、参拝者で埋め尽くされた境内のあちこちでは年のはじめを喜ぶ人々の歓声があがって、毎年の迎春の風景がよみがえりました。 社頭では破魔矢や絵馬、魔除けの笹獅子などの縁起物をはじめ、新年のお清めの神酒を授与しており、また拝殿、神楽殿では新玉の年に祈りを込められました皆様のお願い事をお取り次ぎします御祈祷がお仕えされております。 御本殿前では新春の祈りを捧げる大勢の初詣の方々で賑わい、参拝者の列が途切れることがありません。

  

出雲大社へ初詣ご参拝いただきまして、だいこくさまの幸せの“ご縁”に結ばれる祈りも清らかに、本年がさらなるご多幸の年となりますようお祈り申し上げます。

 

   

出雲大社 干支絵馬

 

令和2年 子年

本年は「子」の年にあたります。

「子歳」は、十二支のはじめの年であり、生きとし生けるものが生命を宿し、豊かに栄えていく〝はじまり〟の年です。

大國主大神様が御親神 素戔嗚尊様から根の国の試練をお受けになられた際、炎に囲まれた大神様をお助けしたのが〝ねずみ〟でした。

大神様が御鎮座される米俵の片隅に愛らしく寄り添う〝ねずみ〟は豊穣の象徴であり、尊い〝神使い〟として大神様とともに人々の幸栄えの御縁を結んで下さっています。

この度「子絵馬」を日本画家 藤原正人画伯の画をもって勤製致しました。

本年も大國主大神様より〝奇しき御神業〟の御蔭をお戴きになり愈々幸福な日々をお過しになりますようお祈り申し上げます。

   


唱 歌 「一月一日」

1、年の始めの 例(ためし)とて 終りなき世の めでたさを   松竹立てて 門ごとに 祝う今日こそ 楽しけれ

2、初日の光 さし出でて 四方(よも)に輝く 今朝の空   君がみかげに 比(たぐ)えつつ 仰ぎ見るこそ 尊とけれ

「年の始めの例(ためし)とて」の歌い出しで人々に広く歌い継がれ、現在でもお正月のテレビ番組などでよく聞かれる唱歌「一月一日」は明治28年、明治政府によって元旦拝賀式(はいがしき)の奉唱歌として定められました。元旦拝賀式とは元旦に全国の小中学校の生徒たちが登校して行なわれた新年の祝賀式典です。

そして、この唱歌「一月一日」の作詞者が第80代出雲國造(こくそう)・出雲大社宮司の千家尊福(せんげたかとみ)です。作曲者は宮内省の雅楽長であった上真行(うえさねみち)氏でした。尊福宮司は出雲大社の布教機関である出雲大社教の初代管長をつとめた他、貴族院議員や静岡・埼玉・東京の各知事をはじめ、司法大臣などを歴任した政治家でもありました。

この唱歌の第二節は当初、「初日のひかり 明(あきら)けく 治まる御代の 今朝の空」でした。「明けく治まる」と「明治」を読み込んだ時代が終わり、大正となった同2年、現在の歌詞に改められました。

兎にも角にも、今なお多くの人々に歌い継がれるこの唱歌は、年の始めにあたり御皇室の弥栄と国家国民の永遠の繁栄を祈り祝して歌われ続ける日本人の“こころの歌”なのです。

なお、1月5日に行なわれる「説教始式」では神楽殿の大広間に集った参列者をはじめ職員一同が、この唱歌を歌って年の始めをお祝いします。また、神楽殿の脇にはこの歌碑が建立されており、初詣の参拝者で賑わうお正月、境内ではこの歌が終日流れており、メロディーに誘われるように口ずさむ参拝者の歌声が、どこからともなく聞こえてきます。


 

令和2年出雲大社周辺交通規制のお知らせ